2013/08/19

経済学の存在意義について




学生時代は経済学を専攻していましたが、卒業後職業人生活をするにあたって色々と見地を得るようになり、また中央銀行の私有と社会経済の仕組み=世界経済の管理の仕組み、を知るようになり、いよいよ既存の経済学について疑問に思うことが多くなりました。オーセンティックでオーソドックスな経済学の理論の全容を学生時代には生半可な状態でしか吸収しなかったので、私の教養不足は否めませんが、まず大きく経済学についての疑問点を列挙してみたいと思います。

1.
なぜ利子率やお金、税金、国債が所与となっているのか

2.
なぜ経済学は理論上さまざまなモデルや用語、仮定を演繹的に用いるにもかかわらず、社会経済の現象から帰納して理論を構築しないのか。

などです。

経済学は社会科学として類型化されますが、経済学の教科書を読んでみても、経済学は演繹的に考案された理論体系であって、科学的検証(=科学的方法)には堪えないだろう、と私は疑っています。経済学を専攻したものの、学習した内容を今となってはほとんど忘れているので、改めて、オーソドックスな経済学の理論を修得した上で、経済学にお詳しい方々と議論したいと思いますが、少なくとも「通貨発行」について、現行法の「通貨の単位および貨幣の発行等に関する法律に基づいて、コイン(硬貨)の他に紙幣も発行すればいいではないか、ということ、
(↑この政府紙幣発行については有名な経済学者であるスティグリッツ・コロンビア大学教授もその有効性を指摘しています。ウィキペディアで「政府紙幣」の項目をお読みになって下さい。ウィキ「政府紙幣」→ http://bit.ly/j7HGPH

及び、もし政府紙幣発行により政府の財源が無尽蔵に確保されるのであれば、政府の歳入として税収や国債発行に頼る必要は全くないではないか、ということ、つまり税金は廃止出来るし、国債も発行する必要がないではないか、ということ、こうしたことを既存の経済学者の皆様はお分かりなのか、ということ。要はインフレーションにだけ気をつければいいですよね、物価安定にだけ精を出せばいいですよね、ということです。国会議員でも例えば渡辺喜美議員が政府紙幣の発行を呼びかけたそうですが「インフレになる」「日本円の国際的信用が落ちる」という理由で棄却された経緯があります。また某国会議員はかつて政府紙幣について「円天」のようなものだ、と一蹴した経緯もあり、このことからも、究極的には通貨発行権の所在の問題であり、通貨制度というのは究極的には兌換性に関係無く信用(=credibility)の問題でしかない、ということを国会議員の方々はお分かりになっていないようです。
兌換性の問題など関係無く、信用が維持されればどうでもいい、ということをとてもよくわかっていたのがFRBであると思います。19718.15のニクソンショックではドルとゴールドの兌換性が停止されたわけですが、その後アメリカは石油に裏付ける形でドルを運営してきました。この点についても、ご理解してらっしゃる経済学のエキスパートの方々はどれほどいらっしゃるのか。

2.について。
詳細は省きます。まずは私がしっかりと経済学の教養を得て、その上で再び俎上に載せてみた方がいいと思います。

結局のところ、私がかつて将来の我が党が採るであろう政策について述べた通り(http://bit.ly/ZKXxvk )既存の経済学と私たちのモデル・理論とは互換性がほとんど無い、ということです。互換性を持たせる必要も無い。新しいわけですから。ですが既存のオーソドックスな経済学について、ちゃんとその理論は(苦渋の思いを抱きながらも)吸収しようと思います。


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