2014/10/19

「集合意識」という言葉について。その意味と用法。


集合意識(en:collective consciousness)について
「集合意識」は英語ではコレクティブ・コンシャスネス(collective consciousness)と表現されます。

「集合意識」という言葉を当ブログで用いる際は、スピリチュアルな文脈において用いられる意味を持たせています。また主にそうした意味を意図しております。


「集合意識」という言葉自体は社会学でも用いられています。社会学者デュルケーム(1858-1917)が考案した術語(=専門用語)です。ウィキペディアの「エミール・デュルケーム」項目では次のように紹介されています。

デュルケームが社会学独自の対象とした「社会的事実」とは、個人の外にあって個人の行動や考え方を拘束する、集団あるいは全体社会に共有された行動・思考の様式のことであり、「集合表象」(直訳だと集合意識)とも呼ばれている。つまり人間の行動や思考は、個人を超越した集団や社会のしきたり、慣習などによって支配されるということである(たとえば、初対面の人に挨拶をすること、うそをつくのは悪いことだと考えることなどは、社会における一般的な行動・思考のパターンとして個人の意識の中に定着したものである)。

出典:wikipedia デュルケーム 

このように、社会学における文脈とスピリチュアルな文脈、スピ系の文脈とでは意味合いが違います。ではスピ系あるいはチャネリングメッセージにおいて言及される場合はどのような意味があるのでしょうか。定義をネット上で調べたのですが、まだこの言葉は未開拓・未定義 → コンセンサス無し、のようです。チャネリング本や英語での表現だと(個人的な経験上)随所で見受けたのですが。定義を試みたいのですが、イメージをうまく表現できません。無理やり定義してみれば:


人類全体の個別意識の集合体であり、調和的に存在する全体的意識。なお、ホーリズム(=全体論)の見地を加味すれば、全体は部分の総和よりもなお大きいわけであり、全体を《集合意識》、部分を《個別意識》として代入すれば、全体(集合意識)は部分(個別意識)の総和よりも大きいことになる。余談ではあるが、集合意識は人類の意識の総合形態であるという命題(or仮定)を念頭におけば、自己認識すなわち《意識》を与えられている惑星地球の意識を考慮に入れる余地が出てくる。惑星地球の意識がいわゆる「惑星意識」である。

上記はあくまで一つの可能な定義にすぎません。「人類全体の」集合意識、と表現したら少しはイメージしやすくなるかもしれませんね。


いずれにせよ、私たちが生きるこの水瓶座の時代は、個別意識に集合意識を加えた両者併存の意識形態を持つ個々人の時代になっていくのです。個人と共同体(en:Community、独:Gemeinschaft)、そして全体との関係性が大いに変容し、新しく生成・発展して行く(独:werden)時代なのです。

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