2015/01/02

ソーシャルメディアにかじりつくのではなく、政治的に目覚めた人々は政治参加を!

ピタゴラス派イルミナティによれば、神とは「完璧なシステム」である。概念的に捉えている所がすごいと思う。彼らの一連の著作はAmazonで購入できる。先日私が当ブログで紹介した通りである。イルミナティという術語・固有名詞が大きく曲解されネガティブな印象が定着している現状がある。なんとか出来ればと思うのだが、焼け石に水なので分かる人だけわかればよいと今は思っている。

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民衆・大衆・市民はサバイバルで必死であって社会参加(とくに政治参加)については考えてもいないだろう。旧・世界管理チームがしっかり民衆をパンとサーカスでコントロールしているので、地球は低い周波数帯域に押さえつけられている。新しいサイクルはすでに始まってはいるのだが...。
目覚めが世界規模で広範囲に発生し、目覚めが臨界点に達すればあとは連鎖反応で社会が変容していく、政治も変容していく、という風な未来観を抱くか、あるいは、自らが主体的に変化をもたらすように動くか。受動と能動。自由放任と介入。無為自然と知行合一。陰と陽。(これに限らずなにごともバイナリーで捉えることができる。)前者の立場は当然理解できる。ただし物事が起きるというのは、充足理由律にのっとって初めて起きるものだ。つまり、起きるだけの十分な理由があるから起きるのである。社会変容が本格的に起きるにはそれなりの前提条件が満たされる必要がある。で、それは国民の一様な目覚めなのだろうか?仮にそうだとしてどれくらい時間が掛かるのか?一向に広範囲での目覚めが進まないようにここ数年間を通して思うのだが。個人的には後者の立場に立って2015年を始めて行きたいと思うところだ。ツイッターで知ったが、筋金入のボルシェビキであったトロツキーが次のようなことばを残している。

時代遅れとなった体制を一掃するためには、進歩的階級はその時機がやってきたことをとらえ、権力獲得を自らの課題として提起しなければならない。ここに、意識的な革命行動、予見と予測、意志や勇気とを結ぶ革命的実践の領域が開かれる。ここに、党の活動領域が開かれるのである。 〜「ロシア革命の擁護」より

かれこれ約100年前に発せられたことばだ。なんともいいようがない。 イルミナティはそのウェブサイトと電子書籍の中で、英雄と追随者にすぎない大衆を永久に分離すべき時だ、と主張している。ともすればエリート主義に陥りそうな発想だが、分からなくはない。大衆は歴史的に見て受動的であり、信じやすく、全一的で包括的な全体的なナレッジもない。それゆえコントロールされやすい。街を歩き群衆に紛れれば、人間の無数性・無名性・多様性を体感できるが、いったいどれだけの人間がいわゆる「歴史的人物」になるのだろうか。簡単な計算でも1万人に1人もいないだろう。私たちが生きる時代は水瓶座時代だが、それを本格化させる原動力となるべく、意識的な人々は連帯し団結し、政治組織を作り戦略を練るべきである。99%陣営の共同戦線を構築すべきであってソーシャルメディアで発信している場合ではないと思う。FacebookやTwitterを始めとするソーシャルメディアは主に情報発信・情報拡散のためのツールとして使われているようだが、広義に述べてそれらは「ガス抜き」「発散装置」でしかない。民衆が画面を通してソーシャルメディアに張り付いている限り彼らは決して脅威ではない。旧世界秩序 (OWO)を打倒するか改心させるかするためには、政治的に目覚めた人々は動かねばならないと思うのは私だけだろうか。視点を変えて述べれば、99%陣営にはなにか共闘できるような、積極的に参加できるような政治的プラットフォームが必要だと思う。

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最後に、エリートがなぜ彼らの立場に今もいられるのか、その力の源泉はなにかについて作られた動画がある。作成者はカナダの若い女性である。ご覧いただきたい。

How The Elite Stay In Power http://youtu.be/gGKogwbO240

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