2017/02/05

日月神示からのメッセージ 7

ブログ主より:パート6に続いてパート7です。段落ごとに別の箇所からの引用です。

*****以下引用*****

霊、力、体の三つがよりよく調和する処に真実が生れ、生命する。これは根元からの存在であり用であるが、動き弥栄する道程に於て、復霊、復力、復体の (うごき)をなす。霊の立場よりすれば、霊は善であって、体は悪、体の立場よりすれば、体は善であって、悪は悪である。


我(が)はぢっと奥に鎮めて表面(うわべ)には気(け)も出されんぞ、我の無い様な事では、我で失敗(しくじ)た此の方の御用出来ないのざぞ、毒にも薬にもならん人民 草木にかへしてしまふぞ。此の神示 無闇(むやみ)に見せるでないぞ、神示は出ませんと申せよと申してある事 忘れるでないぞ。

考えてゐては何も成就せんぞ。神界と交流し、神界に生き、神界と共に弥栄すればよいのぢゃ。人間だけの現実界だけで処理しようとするのが今迄の考えぢゃ。今迄の考えでは人間の迷ひぞと申してあろうがな。迷ひを払って真実に生きよ。みたましづめぢゃ。加実しづめぢゃ。

奥山 何処に変っても宜いぞ、当分 肉体へおさまるから何処へ行ってもこの方の国ぞ、肉体ぞ、心配せずに、グングンとやれよ、動くところ、神力 加はるのざぞ、人民のまどひは神無きまどひぞ、神無きまどひつくるでないぞ、神上に真中(まなか)に集まれよ。



調和が神の現れであるぞ。霊と調和せよ。肉体と調和せよ。人と調和せよ。食物、住居と調和せよ。世界と調和せよ。うれしうれしぞ。一生かかってもよいぞ。おそくないのぢゃ。自分の中のケダモノのため直しにかからねばならん。悪いくせ直さねばならん。これが第一歩、土台ぢゃぞよ。



まことに改心出来たと、神が見届けたら、今度はこの世はもとより、何の心配もないやうに守って、肉体、顔まで変へてやるぞ。宿命と運命は同じでない。磨けばどんなにでも光るぞ。放っておいても神に背くものは自滅して行き、従ふものは弥栄えて行くぞ。其処に神の能(ハタラキ)、よくさとりて下されよ



まことの人程おかげおそい、おそい程 大きおかげあるぞ。同じ筋のミタマ沢山にあるのぢゃ。類魂と人民申してゐるもの。いくら因縁あっても曇りひどいと、その類魂の中から次々に代りのミタマ使ふ仕組。兎や角申さずに素直について御座れ。



その人によってふさわしい行がある。誰でも同じでない。一合食べる人もあれば一升食べる人もあるぞ。身につかんもの、身につかん行は、いくらしても何もならん。いらん苦労はいらんと申してあろう。風呂には時々入るが、魂の風呂に行く人 少ないぞ。より高い聖所へ参りて魂のアカ落せよ。


今の科学は科学のことは判るが、それより上のことは判らん。今の科学はあるものがあると云ふことだけしか判らんのぢゃ。よい求めにはよい感応、よい感応によい働き、よい理解となり、よい生活 生れる。間違った求めには間違った神、間違った生活 生れるぞ。


理(リ)に向ってゐると、いつの間にか神の気いただくぞ。神の光がいただけるのぢゃ。二度三度、話きいたり、おろがんだりくらいで理は判らん。神は解らん。体験せねばならん。一方的では何事も成就せん。もちつもたれつであると申してあろう。


地獄説く宗教は亡びるぞ。地獄と思ふもの、地獄つくって地獄に住むぞ。地獄はげしくなるぞ。人間の力だけでは、これからは何も出来ん。アカの世からキの世になるぞ。世は、七度の大変りと知らしてあらう。二(ツギ)の世はキの世。口静かせよ。かのととり。一二十


先判らずに人間の勝手な政治して世は治まらん道理ぢゃぞ、三日天下でお出直しぞ、その次もその次も又お出直しぢゃ、此の神示よく見てこの先何うなる、其の先どうなると云ふ事、神はどんな事計画しておいでますと云ふ事判らいで政治ないぞ、すればする程 悪うなるぞ


食物は科学的栄養のみに囚われてはならん。霊の栄養大切。
 自分と自分と和合せよと申してあるが、肉体の自分と魂の自分との和合出来たら、も一段奥の魂と和合せよ。更に、又奥の自分と和合せよ。一番奥の自分は神であるぞ。



これまでは道はいくらもあったのぢゃが、これからの道は善一筋ざぞ。インチキ神の前には通らんのざぞ、心せよと知らしてあらうがな。三千年で世一キリといたすのぢゃぞ。まことの集まりが神徳ぢゃ、神徳つむと、世界中 見えすくのざぞ。神だけではこの世の事は成就せんと申してあらうがな。


神にはよう判っての今度の仕組であるから仕上げ見て下されよ、此の方に任せておきなされ、一切心配なく此の方の申す様にしておりて見なされ、大舟に乗って居なされ、光の岸に見事つけて喜ばしてやるぞ、何処に居ても助けてやるぞ。


何によらず不足ありたら、神の前に来て不足申して、心からりと晴らされよ、どんな事でも聞くだけは聞いてやるぞ、不足あると曇り出るぞ、曇り出ると、ミタマ曇るからミタマ苦しくなりて天地曇るから遠慮いらん、この方に不足申せよ、この方 親であるから、不足一応は聞いてやるぞ。


そなたは口をつつしめよ。そなたは一度 神をすてよ。神にしがみついてゐるから、小さい囚われた、ゆとりのない神を、そなたがつくり上げてゐるぞ。信ずれば信ずる程 危ないぞ。


世界を一つにするのであるから、王は(秘答理)(ヒトリ)ぢゃ。うごぎは二つとなるなれど、二つでないとうごかんのぢゃ。キはキのうごき、ミはミのうごき、うごいて和すのぢゃぞ。和すから弥栄ぢゃ。和せば一つぢゃぞ。キミとなるのぢゃ。


用意はよいか、真中うごいてはならんと申してあろう、動くのは外ぢゃ、忙しい急しいと申すのは外側にゐる証拠であるぞ、気つけて早う中心に飛び込めよ、真中結構、日本は真中の国であるぞ、日本精神は真中精神、末代動かぬ精神であるぞ


しかし、この暗黒世界を暗黒と感ぜずして進みゆくものもあるのであって、そのものたちには、それがふさわしい世界なのである。其所(そこ)に、はかり知れない程の大きく広い、神の世界が展かれている。


金持つと金の地獄に理屈もつと理屈の地獄に、神に捉はれると神の地獄に落ちて苦しむぞ。持たねばならんし、中々ぢゃなあ。先づ求めよ、求めねばならん。先づ捨てて求めよ、求めて行ぜよ。(一月三日)


そなたの心の中にゐる獣(ケダモノ)、言向けねばならん。善きに導かねばならん。一生かかってもよいぞ。それが天国に行く鍵であるぞマコトの改心であるぞ智慧と愛が主の座に居らねばならん。物は愛から生れるぞウムものがもとぢゃ。生まれるものはナルのぢゃ。ナルには智慧でなるのぢゃぞ(一月三日)


世に落ちておいでなさる御方(おんかた)御一方(おんひとかた)竜宮の音姫殿 御守護遊ばすぞ、この方、天晴れ表に表れるぞ、これからは神徳貰はんと一寸先へも行けんことになったぞ、御用さして呉れと申してもメグリある金(かね)は御用にならんぞ、メグリになるのざ。


理(リ)に向ってゐると、いつの間にか神の気いただくぞ。神の光がいただけるのぢゃ。二度三度、話きいたり、おろがんだりくらいで理は判らん。神は解らん。体験せねばならん。一方的では何事も成就せん。もちつもたれつであると申してあろう。


それがミロクの世ぢゃ。気長にやれと申してあろう。長い苦心なければ よいもの出来ん。この世で出来終らねば、あの世までもちつづけても やりつづけてもよいのぢゃ。そなた達はあまりにも気が短いぞ。それではならんのう。マコトの生活は永遠性もってゐるぞ。これないものは宗道でないぞ。


悔ひ改めて下され。深く省みて下され。深く恥ぢおそれよ。心して慎しんで下されよ。直ちによき神界との霊線がつながるぞ。霊線つながれば、その日その時からよくなってくるぞ。気持が曲ったら霊線が切り替えられる。


国常立神も素盞鳴命も大国主命も、総て地(智)にゆかりのある神々は皆、九(光)と十(透)の世界に居られて時の来るのをおまちになってゐたのであるぞ、地は智の神が治(し)らすのぞと知らしてあろうが


大難小難にと祈れと申してくどう知らしてあろがな、如何様にでも受け入れてよき様にしてやる様仕組てある神の心判らんか、天災待つは悪の心、邪と知らしてあるがまだ判らんのか、くにまけて大変待ちゐる臣民 沢山あるが、そんな守護神に使はれてゐると気の毒になりて来るぞ、よく神示読んで下されよ。


浄化し弥栄しゆく悪は悪でなく偽は偽でない。動かざる善は善でなく進展せぬ真は真でない。更に善を善とし悪を悪として、それぞれに生かし弥栄するのを歓喜と云う。歓喜は神であり神は歓喜である。一から一を生み、二を生み、三を生み、無限を生みなすこともみなこれ歓喜する歓喜の現われの一つである。


人間には物質界を感知するために五官器があるぞ。霊界を感知するために超五官器あるぞ。神界は五官と超五官と和して知り得るのであるぞ。この点 誤るなよ。


善でつづくか悪でつづくかこの世に善と悪とがあってどちらで立って行くか末代つづくか得心ゆくまで致させてあったがもう悪ではつづかんことが、悪神にも判って来るのであるから、今しばらくのゴタゴタであるぞ。ものの調和が判れば、正しき霊覚が生れるぞ。神の姿がうつって来るぞ。(一月三日)一二十


新しき元の生命(いのち)と成るのざぞ。神の心となれば誠判るぞ。誠とはマとコトざぞ、神と人民 同じになれば神代ざぞ、神は隠身(かくりみ)に、人民 表に立ちて此の世治まるのざぞ。雀の涙程の物 取り合ひ へし合ひ 何して御座るのぞ、自分のものとまだ思ってゐるのか。


元の霊(たま)に改心させず肉体ばかりで、目に見える世界ばかり、理屈でよくしようとて出来はせんぞ、それ位 判って居らうが、判りて居り乍ら他に道ないと、仕方ないと手つけずにゐるが、悪に魅入られてゐるのぢゃぞ、悪は改心早いぞ、悪神も助けなならんぞ、霊(たま)から改心させなならんぞ


一に一たす一の世界、一に一たす無限の世界、超現実、霊の世界、立体の世界、立立体の世界のあることを体得せねばならんぞ。そなたは心をもって居ろうがな。心があれば心の属する世界のある道理は判るであろうが。心で描いて、心で先づつくり出してから行為することも、その順序も判るであろうがな。


余る程与へて見なされ、お上も余るのぢゃ、此の道理判りたか。仕事させて呉れと申して人民 喜んで働くぞ遊ぶ者なくなるぞ、皆々神の子ぢゃ、神の魂うゑつけてあるのぢゃ、長い目で見てやれ、おしみなく与へるうちに人民 元の姿あらはれるぞ。むさぶると悪になって来るのぢゃ、今のさま見て改心結構ぞ


一度申したこと何処迄もつらぬくそなた結構ぞ。なれども囚われているぞ。この神はちと大きな、今迄にない大変をいたすのであるから、あまり小さく囚われていると判らんことになってくるぞ。固まるときには一度に固まらねばならん。


黄金(きん)はいらんと申してあろが、暮しむきのものも只でとらせよ、只で与へる方法あるでないか、働かん者食ふべからずと申す事 理屈ぢゃ、理屈は悪ぢゃ、悪魔ぢゃ、働かん者にもドシドシ与へてとらせよ、与へる方法あるでないか、働かんでも食べさせてやれよ、何もかも与へぱなしぢゃ


人の身(み)神に捧げるのざぞ、神の御身(みみ)となること嬉しいであろがな、惟神のミミとはその事ぞ、神示よく読めば判るのざぞ、此の道は先に行く程 広く豊かに光り輝き嬉し嬉しの誠の惟神の道で御座るぞ、神示よく読めよ、何んな事でも人に教へてやれる様に知らしてあるのざぞ


それぞれのコト(言)のハ(葉)はあれど、ミコト(実言)は一つと申して知らしてあろうがな。大難は小難にすること出来るのであるが、無くすることは出来んぞ。不足は不足をうむぞ。そなたは口をつつしめよ。そなたは一度 神をすてよ。


珍らしき御型(方)が出て来てびっくりぢゃ。びっくりしなければヒックリとはならんぞ。神は今迄 化けに化けていたが、もう化けては居られん。人民ももう化けては居られんぞ。九分九厘までは化けて、がまんしてゐたなれど、化けの世、方便の世、方便の教はすんだのぢゃ。


ミタマ相当にとりて思ふ様やりてみよ、行出来ればその通り行くのぢゃ、神に気に入らん事スコタンばかりぢゃから、引込み思案せずに堂々とやりて下されよ。


そなたはいつも深刻な顔をして考へ込んでゐるが、考へ方にも幾通りも御座るぞ。考へは迷ひと申してあるのは、そなたのような場合ぞ。そなたは苦に向ひ苦にかったつもりで、苦を楽しんで御座るが、苦は曲ることぞと知らしてあろうが。苦をつくり出してはならんぞ。




遊ぶ時は遊ぶがよいぞ。コト=言(光透)と、時と、その順序さへ心得て御座れば、何をしても、何を話しても、何を考へてもよいのぢゃ。




判らんことは神示にきくがよいぞ。遠慮いらん。そなたは一足飛びに二階に上がりたい気持がぬけない。何事も一段ずつ、一歩づつ進まねばならん。それより他に進み方はないのぢゃぞ。先づそなたの中にゐるけだものを言向け合さねばならんぞ。よく話し、教へ、導かねばならん。




まだまだどえらい事出て来て日本の国は愈々つぶれたと云ふ処へなって来るから、皆が誠の神魂になって来んと誠の神は出ないのざぞ、誠ある処へ誠の神働くと申してあろが、誠ない処へ働く神は悪神ぢゃぞ、よう気付けてくれよ。いくら時節来たとて人民に誠ないと気の毒ばかりぢゃ気の毒 此の方嫌ひぢゃ。




無理することは曲ることざ、曲っては神のミコト聞こへんぞ。素直になれ。火降るぞ。相手七と出たら三と受けよ、四と出たら六とつぐなへよ、九と出たら一とうけよ、二と出たら八と足して、それぞれに十となる様に和せよ。まつりの一つの道ざぞ。




そなたのやることはいつも時が外れて御座るぞ。餅つくにはつく時あるぞと知らしてあろうが。時の神を忘れてはならんぞ。春には春のこと、夏は夏のことぢゃ。そなたは御神業ぢゃと申して、他に迷惑かけてゐるでないか。そこから改めねばならん。鼻つまみの御神業はないのであるぞ。




肉体の病ばかりでないぞ。心の病はげしくなってゐるから気付けてくれよ。人々にもそのことを知らせて共に栄えてくれよ。この病を治すのは、今日までの教では治らん。病を殺して了ふて、病をなくしようとて病はなくならんぞ。




気の合う者のみの和は和ではない。色とりどりの組合せ、ねり合せこそ花さくぞ。総てが神の子ぢゃ。大神の中で弥栄ぞ。大き心、広き心、長い心 結構。中々に合わんと申すなれど、一つ家族でないか。心得なされよ。




己の知では分らん、大神様とはアベコベのこと考へてゐては逆さばかりぢゃ、神示よく読んで誠の仕組仕へ奉れよ。壁に耳あり、天井に目あり、道は一筋と申してあろ、人民と云ふ者はアレコレと沢山に目に見せては迷ふものざから、一つづつ目にもの見せて目標作って、それで引張ってやりて下されよ




内に無いものが外から近よる道理ないのぢゃ、どんなものでも、喜んでむかへるとよろこびとなる結構な仕組、よく会得せよ。何事も一段づつ、一歩づつぢゃ、一足飛びは大怪我のもと。




カヂをはなせる人民少ないのう。何んでも彼んでもカヂをとって自分の思ふ通りに舟を進めようとするから大変が起るのぢゃ、渦にまかせる時はまかさなければならんぞ、ナルトの仕組の一面であるぞ、大切ごとぞ。




一応は世界一家のカタ出来るのぢゃ。が、それではならん。それを越えて、ねり直してマコトの一家となるのぢゃ。天が上で地が下で、中に あるのぢゃ。それがミロクの世ぢゃ。気長にやれと申してあろう。長い苦心なければ よいもの出来ん。




使命がいのち。上から、神から命ぜられたことがいのちぞ。使命はつくられた時に与えられる。使命なくてものは生れんぞ。自分の使命は内にききつつ外にきけよ。使命果たすがよろこびぞ。使命果たすには生命がけでなくてはならん。




メクラの人民がいくら集まって相談すればとて、すればする程ヤミとなるのぢゃ、行き詰って【あげもおろしも】出来んことになるのぢゃぞ、総てを数だけで決めようとするから悪平等となるのぢゃ、メクラをいくら並べてみても何もならん、早う改心せよ、新しきタマの選挙があるでないか。




これぞと思ふ人があったら、その理(ミチ)の人について御座れよ。一寸先見へん人民ぢゃ。先達の後からついて御座れ。それが一番よいことぢゃ。人、見出すこと六ヶ敷いのう。十年、二十年行じても、目あて違ってゐたら何にもならんぞ。このほうの道へ御座れ。正しき光の道によれよ。




そなたはつまらんことにいつも心を残すから つまらんことが出てくるのであるぞ。心を残すと云うことは、霊界とのつながりがあることぞ。つまらん霊界にいつ迄くっついてゐるのぢゃ。何ごとも清めて下されよ。




そなたは信仰のありかたを知らんぞ。長い目で永遠の立場からの幸が、歓喜がおかげであるぞ。局部的一時的には いやなことも起ってくるぞ。天地を信じ、自分を知り、人を理解する所にこそ まことの弥栄あるぞ。




考えてゐては何も成就せんぞ。神界と交流し、神界に生き、神界と共に弥栄すればよいのぢゃ。人間だけの現実界だけで処理しようとするのが今迄の考えぢゃ。今迄の考えでは人間の迷ひぞと申してあろうがな。迷ひを払って真実に生きよ。みたましづめぢゃ。加実しづめぢゃ。




神の御用は、神のみこと(命(実言))のままでなくては成就せん。皆々釈迦ぞ、キリストぞ。もっと大き計画もちて御座れ。着手は出来る処からぞ。つかめる所から神をつかめよ。部分からつくり上げなされよ。




道は三つぞ。合点ぢゃなあ。小の中に大あるぞ。無の中に有(ウ)有るぞ。もの益々小さければ、益々清ければ、益々内に大きなものあり、益々純なものあるぞ。神はそなたの中にあるが外にもあると申してあらうがな。(✡に・)(ウム)よく見て下されよ。




何処で何してゐても道さへふんで居れば弥栄えるぞ。行き詰ったら省みよ。己の心の狂ひ、判って来るぞ。神から伸びた智と愛でないと、人民の智や学や愛はすぐペシャンコ。やりてみよれ。根なし草には実は結ばんぞ。お尻出したら お尻綺麗にふいてやれよ。怒ってはならん。




今度の仕組、まだまだナルのぢゃ。なってなってなりの果てに始めて成るぞ。生むぞ。先づ金が無ければと申してゐるが、その心まことないぞ。キがもととあれ程申しても未だ判らんのか。役員どうどうめぐり。(十一月裏四日)一二十




この神示に縁あるものには、天使の働き位のこと、すぐに判るミタマ授けあるのに、今の姿は何事ぞ。ボタン押せよ。燈台もとへ来て、明るうなると思ひ違ひ、もとへ来てあかりとなれよ。光となれよ。十一月十七日。




人間は土でつくって、神の気入れてつくったのざと申してあらうがな。イワトしめとイワトひらきの二つの御用のミタマあると申してあらうが。ミタマの因縁恐ろしいぞ。愛と智は呼吸して喜びとなるのであるぞ。よろこびは形をとる。形なく順序なきもの〇であるぞ。

弥栄になって元に戻るのざ、国は富んで来るぞ、神徳 満ち満つのぢゃ、この道理判るであらうがな。取り上げたもの何にもならんのぢゃ、ささげられたものだけがまことじゃ、乗るものも只にせよ、田からも家からも税金とるでないぞ、年貢とりたてるでないぞ、何もかも只ぢゃ、日の光見よと申してあらうが


王の王の神で末代治める基(もとい)つくるぞ、少しでもまじりけあってはならんのぢゃ、早う洗濯掃除結構ぞ。御用いくらでもあるぞ、お蔭取り徳ぢゃ。出来るだけ大き器持ちて御座れよ、皆々欲がチビイぞ、欲が小さいなあ。話すことは放すことじゃ、放すとつかめるぞ。十二月十四日、一二Θ。

悪い事は陰口せずに親切に気付け合って仲良う結構ぞ、陰口 世をけがし、己けがすのざぞ、聞かん人民は時待ちて気付けくれよ、縁ある人民 皆親兄弟ざぞ、慢心取違ひ疑ひと、我(が)が此の道の大き邪魔となるぞ、くどい様なれど繰り返し繰り返し気付けおくぞ。


弥栄が真実ぞ。神ぞ。神の心ぞ。竜神と申してゐるが竜神にも二通りあるぞ。地からの竜神は進化して行くのであるぞ。進化をうそざと思ふは神様迷信ぞ。一方、天からの竜神は退化して行くのであるぞ。この二つの竜神が結ばれて人間となるのであるぞ。


何も知らんものが出て来て邪魔するぞ。余程しっかり致しくれよ。邪魔も御役ながら、時と所によりけり。神徳積んだら人の前に自分かくせるやうになるぞ。頭に立つ者 力かくせよ。昨日より今日、今日より明日と、一歩一歩 弥栄えよ。一足飛び、見てゐても危ない。


神が引寄せるからと申して懐手してゐては道は拡まらんぞ、弥栄とは次々に限りなく喜びをふやして養って行くことざぞ、喜びとはお互ひに仲よくすることぞ、喜びは生きものぞ、形あるものぞ、色あるものぞ、声あるものぞ、判りたか。

肉体がこの世では大切であるから肉体を傷つけたら苦しめたら、その守護神は、それだけのめぐり負ふのざぞ、霊々と申して肉体苦しめてはならんぞ、今の人民とっておきの誠の智ないから、持ってゐる智を皆出して了ふから、上面許り飾りて立派に見せようとしてゐるから、いざと云ふ時には間に合はんのぢゃ


早う改心して誠の政治仕へまつれよ。いれものキレイにして居りたらこの方がよきに使ふぞ、今の仕事仕へて居れよ、神示腹に入れて、あせらず身魂磨き結構々々。今度は世界のみか、三千世界つぶれる所まで行かなならんのざから、くどう申してゐるのざぞ。三月三日、ひつ九のかミ。


人民の我では通らん時となった位 判って居らうがな、早よ我捨ててこの方について参れよ、素直にいたせば楽に行けるのざぞ、大峠越せるのざぞ、時節の仕組 中々人民には判るまいがな、悪抱き参らす為には我が子にまで天のトガをおはせ、善の地の先祖まで押し込めねば一応抱く事出来んのであるぞ


拝むは拝まんよりはましであるぞ。


しかし拝んでばかりでは病気は治らん。
金はもうからん。
拝むばかりで金儲けできたり、病気治ったりすると思うたら間違いぞ。
道にいそしめ。
道行くところ喜びあるぞ。
喜びあるから病気も治るのぢゃ。
金も出てくるのぢゃ。
おかげあるのぢゃ。
喜び神ぢゃ。



分離して分離せず、統合して統合せざる、天地一体、神人合一、陰陽不二の大歓喜は、立体的神秘の中に秘められている。ゝについては一なるも、〇に於ては二となり三となり得るところに、永遠の生命が歓喜する。


道は自分で歩めよ。御用は自分でつとめよ。人がさしてくれるのでないぞ、自分で御用するのぞ。道は自分で開くのぞ。人頼りてはならんぞ


経には差別あるぞ。緯は無差別ぞ。この道理判らねば一列一平とならん。金欲しい者には金もうけさしてやれよ。欲しいもの与へてやれよ。人間心、神心、逆様ぢゃ。与へることは戴くこと。まだ判らんか。皆何も天国に行くやうになってゐるではないか。この世でも天国、あの世でも天国、目出度いなあ。


日本が日本がと、まだ小さい島国日本に捉はれてゐるぞ。世界の日本と口で申してゐるが、生きかへるもの八分ぞ。八分の中の八分は又生きかへるぞ。生きかへっても日本に捉はれるぞ。おはりの仕組はみのおはり。骨なし日本を、まだ日本と思うて目さめん。

 大切なもの一切は、神が人間に与へてあるでないか。人間はそれを処理するだけでよいのであるぞ。何故に生活にあくせくするのぢゃ。悠々、天地と共に天地に歩め。嬉し嬉しぞ。一日が千日と申してあらう。神を知る前と、神を知ってからとのことを申してあるのぞ。



第24巻黄金の巻

第十六帖:判った人程、口静かになるぞ。…体験と理解のみ財産ぞ。

第25巻白銀(シロガネ)の巻

第二帖:愛と智は呼吸して喜びとなるのであるぞ。善と真のはたらきを完全にするには、善と真との差別をハッキリ

とさせねばならんぞ。、入れて、結んで解けてヨロコビとなるのざ。ヨロコビ生命ぞ。宇宙の総て生命であるぞ。

第三帖:...喜びに生きよ。...喜びが理であるぞ。嬉し嬉しの理、早う合点せよ。

五十黙示録第四巻竜巻の巻

第十八帖:高級霊は態度が立派であるぞ、わかりたか

箇所不詳:わかってくるぞ。わかってこねば、世は変わらぬのぞ。そなたの心いずれはわかってゆくぞ。そなたの思い、いずれは伝わってゆくぞ。もう少し待ってやれよ。今は待つ時ぞ。ただ待つことが、最上の手段という事あるのぞ。

第一巻第一帖:さびしさ超えて時を待つ

第二巻第十二帖(54):初めの役人十柱集めるぞ




五巻

第十四帖

・蛙(かえる)いくら鳴いたとて夜あけんぞ。赤児になれよ、ごもく捨てよ、その日その時から顔まで変わるのざぞ、神烈しく結構な世となりたぞ


・祓ひせよと申してあることは何もかも借銭なしにする事ぞ。




・使命果たすには生命がけでなくてはならん。生命ぢゃからのう。努力した上にもせなならんぞ。努力には苦もあるぞ。苦のない努力ないぞ。右を動かせば左もうごくぞ。果たせば苦は楽。果たさねば楽も苦。重荷あるからこそ、苦あるからこそ、風にも倒れんのぢゃ。




・この道に入ると損をしたり、病気になったり、怪我をすることがあるなれど、それは大難を小難にし、またメグリが一度に出てきて、その借銭(借金)済ましをさせられているのぢゃ。借りたものは返さねばならん道理ぢゃ。損もよい、病気もよいぞと申してあろうが。




・おかげは、すぐには無いものと思え。すぐのは下級霊。眉にツバせよ、考えよ




・春の巻:念が新しい武器であるぞ。それでは人民まわりくどいと申すであろうなれど。ものごとには順と時あるぞ。もとのキから改めて下されよ。尊き御役。




・地震の巻第三帖:外分的、肉体的諸欲を捨てた生活でなければ、天界に通じ得ぬと考えるのは誤りである。何故ならば、地上人における肉体は、逆に霊の守護を為す重大な役目を持っているからである。地上人が、その時の社会的、物質的生活を離れて、霊的生活にのみ入るというのは大いなる誤りであって、社会生活の中に行ずることが、天国への歩みであることを知らねばならない




・この道に入って始の間は、却って損したり馬鹿みたりするぞ。それはめぐり取って戴いてゐるのぞ。それがすめば苦しくても何処かに光見出すぞ。おかげのはじめ。次に自信ついて来るぞ。胴がすわって来るぞ。心が勇んで来たら、おかげ大きく光り出したのぢゃ。




・その人によってふさわしい行がある。誰でも同じでない。一合食べる人もあれば一升食べる人もあるぞ。身につかんもの、身につかん行は、いくらしても何もならん。




・そなたは他にものを与えることに心せねばならんぞ。与えることは頂くことになるのであるから、与えさしてもらう感謝の心がなければならんぞ。強く押すと強く、弱く押すと弱くはねかえってくること、よく知って居ろうがな。自分のものと云ふものは何一つないこと、よく判って居る筈ぢゃ。




・貰うた神徳に光出す人民でないと、神徳をわれよしにする人民にはおかげやらん。自分が自分で思ふやうになるまいがな。自分が自分のものでないからぞ。自分のものなら自由になると申してあらうが。道を進めば楽に行ける。道行かんで山や畠や沼に入るから苦しむのぞ。




・ 太一二(十○) (オーヒツキ)大神としてのこの神は一柱であるが、働きはいくらでもあるぞ。その働きの名がもろもろの神様の名ぢゃ。無限であるぞ。このほう一柱であるが無限柱ぞ。総てが神であるぞ。一神ぢゃ。多神ぢゃ。汎神(ハンシン)ぢゃ。総てが神ぢゃ。喜びぢゃ。




・他人(ひと)の話に惑わされるなよ。他人の心に惑わされるなよ。




・不足あると曇り出るぞ、曇り出ると、ミタマ曇るからミタマ苦しくなりて天地曇る




・とどまってはならん。いつも弥栄々々に動いて行かなならん。大中心に向って進まねばならん。途中には途中の、大には大の、中には中の、小には小の中心はあるなれど、行く所は一つぢゃ。ぢゃと申して小の中心を忘れてはならん。神は順であるぞ。先づ小の神から進んで行けよ。




・ぶつぶつ申さずに勇んでやって下されよ。




・ 一升桝もってきて一斗入れよと人民申しているが、神は一斗も二斗も入れてやりたいなれど、一升桝には一升しか入らん。大き桝もって来い。頂くには頂くだけの資格いるぞ。一歩づつ進め。一歩づつ絶えず進めよ。それより他に道はないのぢゃ。




・自分と自分と和合せよと申してあるが、肉体の自分と魂の自分との和合出来たら、も一段奥の魂と和合せよ。更に、又奥の自分と和合せよ。一番奥の自分は神であるぞ。




・多くの人に楽し世を、生きてもらうが神の愛。そのこと忘れてくれるなよ。




・求めて見なされ。百日一生懸命 求めて見なされ。必ずおかげあるぞ。神があるから光がさして嬉し嬉しとなるのであるぞ。




・偽の愛わ偽の智と申すのは、神を信じない人民の愛と智であることを知れよ




・人民は喜びの子と申してあろう。罪の子でないぞ。うれしうれしの道あるに、何故 歩まんのぢゃ。




・只歩きまわってゐるだけではならん。ちゃんとめあてつくって、よい道 進んで下されよ。飛行機あるに馬に乗って行くでないぞ。額に先づ気あつめて、ハラでものごとを処理せねばならんぞ。




・【科学に・入れると宗教となるのぢゃ】。は数。カネは掘り出せん。生み出してくれよ。




・病も不幸もその者に、とりて何かの意味があり、それを契機に神の道、人の生きたる正道を、思うことのみ必要ぞ。思えば他人(ひと)に頼らずも、己で己の病消し、不幸を変えてゆけるのぞ。




・そなたは自分と他との境界をつくってゐるなれど、境界つくってはならんぞ。境界をつくらずに、おのづからなる自他の別を生み出さねばならんぞ。




・もの見るのは額でみなされ。ピンと来るぞ。額の判断 間違ひなし。額の目に見の誤りなし。霊界には時間、空間は無いと申してゐるが、無いのでないぞ。違って現はれるから無いのと同様であるぞ。あるのであるぞ。悪の霊はミゾオチに集まり、頑張るぞ。




・友つくれと申してあろうが、友と申しても人間ばかりでないぞ、山も友ぞ、川も友ぞ、動植物も友ぞ。一人の友を得たら一つの世界を得たことぞ、何も彼も皆友ぢゃ、友は己ぢゃ、皆己となれば己なくなるぞ、己なくなれば永遠に生きられる、無限の己となるぞ。




・智の中に悪をとり入れるゆとりの出来んやうではマコト成就せんぞ。智の中には総てを取入れて理解出来るやうになってゐるのであるぞ。愛の中に悪入れてはならんぞ。




・不足申せば不足うつるぞ。心のままとくどう申してあろうが。病気でないと思へ。弥栄と思へ。病治るモト生れるぞ。キがもとぞ。何事くるとも何クソと思へ。神の力 加はるぞ。




・他人の思い、心でとれよ。言の葉にかくれた思いを、心で読むのぞ。




・そなたはいつも孤独、そなたの不運は孤独からぢゃ。友をつくりなさい、友つくることは己をつくることと申してあろうが。友つくることは新しき世界をつくることぞ。一人の世界は知れたものぞ。一人ではマコトの道を生きては行かれんぞ。友と申しても人間ばかりではないぞ。

・毎日々々、太陽と共に、太陽について起き上がれよ。その日の仕事、与へられるぞ。仕事いのちと仕へまつれよ。朝寝するからチグハグとなるのぢゃ。不運となるのぢゃ、仕事なくなるのぢゃ。神について行くことが祈りであるぞ。よろこびであるぞ。

・(共時性)神と金と共に仕へまつるとは、肉と霊と共に栄えて嬉し嬉しとなることぞ。嬉し嬉しとはそのことであるぞ。神と金と二つとも得ること嬉しいであろうがな。

・人民のいのちを正しく育てることが一番のよろこび。

・気の合う者のみの和は和ではない。色とりどりの組合せ、ねり合せこそ花さくぞ。総てが神の子ぢゃ。大神の中で弥栄ぞ。大き心、広き心、長い心 結構。中々に合わんと申すなれど、一つ家族でないか。心得なされよ。

・おそれてはならん。おそれ生むからぞ。喜べ、喜べ、喜べばよろこび生むぞ。喜びは神ぢゃ。神様御自身も刻々弥栄して御座るぞ。故にこそ生長なされるのぢゃ。人間も同様でなくてはならん。昨日の自分であってはならん。今の自分ぞ。中今のわれに生きねばならん。

・重い石のせたタクアンはうまいのであるぞ。

・ 好いた惚れたとさえずって、愛よ恋よとうかれるが、まことの愛に目覚めしは、一人の者とておりはせぬ。まことの人を知らずして、まことに人が愛せるか。まことの神を知らずして、まことに人が愛せるか。

・病、ひらくことも、運、ひらくことも、皆 己からぢゃと申してあろう。誰でも、何でもよくなるのが神の道、神の御心ぢゃ。親心ぢゃ。悪くなると云ふことないのぢゃ。迷ひが迷ひ生むぞ。もともと病も不運もない弥栄のみ、喜びのみぢゃ。神がよろこびぢゃから、その生んだもの皆よろこびであるぞ。

・神の愛とは安らぎぞ。神の愛とは慈しみ。これが愛じゃと押し付ける、そんな愛ではありはせぬ。守りておりても気付かせぬ、黙ってただただ守りたる、それがまことの神の愛。

・上の、より高いところから来るから奇跡と見へ、偶然と見へるのぢゃ。神からの現われであるから、その手順が判らんから偶然と見へるのぢゃぞ。偶然の真理さとれと申してあろう。これが判れば大安心。立命。

・不足申せば不足うつるぞ。心のままとくどう申してあろうが。病気でないと思へ。弥栄と思へ。病治るモト生れるぞ。キがもとぞ。何事くるとも何クソと思へ。神の力 加はるぞ。

・気長にやれと申してあろう。長い苦心なければ よいもの出来ん。この世で出来終らねば、あの世までもちつづけても やりつづけてもよいのぢゃ。そなた達はあまりにも気が短いぞ。それではならんのう。マコトの生活は永遠性もってゐるぞ。これないものは宗道でないぞ。

・病も不幸もその者に、とりて何かの意味があり、それを契機に神の道、人の生きたる正道を、思うことのみ必要ぞ。思えば他人(ひと)に頼らずも、己で己の病消し、不幸を変えてゆけるのぞ。

・ 食物節すればツキモノ改心するぞ。先づ百日をめあてに、百日過ぎたら一年を、三年つづけたら開運間違ひなし。病もなくなってうれしうれしとなるぞ。三年目、五年目、七年目ぞ、めでたいナア、めでたいナア。

・このほうの許へ引寄せた人民、八九分通りは皆一度や二度は死ぬる生命を神が助けて、めぐり取って御用さしてゐるのぞ。奉仕せよ。どんな御用も勇んで勉めよ。肚に手あてて考へて見よ。成程なあと思ひあたるであらうが。喉元すぎて忘れて居らうが。

・皆始めヒからぢゃ。赤児になりて出直せよ。

・人間は、色とりどりそれぞれの考へ方を自由に与へてあるのざから、無理に引張ったり、教へたりするでないぞ。

・神が人に望みたは、神と同じの心持ち、この宇宙(そら)の中幸せに、互いが互いをいたわりて、星々大事に、人大事、うれしうれしで暮らすこと。すべての生命(いのち)の営みを、知りて己も高めあい、進化を続けてほしかった。

・想念は形式をもって始めて力出るぞ。

・友つくれよ、友つくることは己つくることぞ。広めることぞ。己を友の心の中に入れることぞ。

・ひとりの気付き早ければ、十人(とひと)救える力持つ。十人の気付き早ければ、百人(ひゃくひと)救う力持つ。倍に倍にと増えたれば、この星必ず、変わるのぞ。

*****以上引用迄*****

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