2017/05/12

物理学の教養の必要性について

個人的な話・総論

学問を本格的に志してはや数年が経ちます。経済学の他、法学・憲法学を[将来にそなえて]学んでいます。ですが、これらの学問体系は一過性のものであると思うようになりました。人類が文明として貨幣制度を克服・卒業すれば経済学は用済みになるし、国民や人類の意識レベルや倫理・理性・価値観が進歩・高度に発展すれば法学・憲法学も用済みになるだろうと推理するのです。経済学や法学に限らず、社会学や政治学、倫理学などの文系・社会科学として類型化・カテゴライズされる学問は総じて一過性の産物だと思います。文系の学問で言えば唯一、哲学のみが、人類の今後の進歩に対しても耐えうるのではないか、とみています。これに対して物理学や数学は、一生付き合えるものであると思います。ですので、探求すべきは物理学であり数学である、と思うようになりました。だからと言って経済学などの文系学問を放棄したり過小評価するものではありません。少なくともこの地球の文明が本当の意味で完成するまでは有用であり価値はあると思います。ですので、あと数十年とか100年とかですね。恣意的な見積もりですが。

自然(宇宙を含む)を理解するための鍵としての物理学

宇宙の構造を理解したいです。単なる宇宙論ではなくて、あるがままの客観的な状況・自然状態を知りたいのです。その理解に直結するのが物理学です。(多次元的な)宇宙構造の理解のためには「場」や「空間」(さらには追加的に「時間」も)についての理解が欠かせません。内側と外側、とか。M理論やら膜宇宙理論やら複雑な体系が理論物理学にはゴロゴロと存在しています。そして他にも付随してサブカテゴリですが「重力」や「光」、「量子」についての理解も必要となってきます。さしあたって独習するための教本・書籍は二冊、すでに手元にあります。アインシュタイン著「相対論の意味」とランダウ=リフシッツ著「量子力学」(物理学小教程シリーズ)の二冊です。他にPDFでリソース・文書をいくつか持っています。当然のように数学が出てくるのですが、この肝心の数学の素養が足りないために読み進めることができません。個人的な追憶になりますが、高校数学IIIを高校生の頃に履修したのですが知識が抜け落ちています。高校数学C(=行列と楕円)は履修せず、学部生の頃に線形代数(=行列)を学びました。高校数学III(=微積分の強化版)については学部生の頃に経済数学という形で再び学びました。が、いずれも本格的に、というわけではなく、また「優」評価を得たわけでもなく、実質的には身についていません。ですので本当に、工学部や理学部の学部生が1年時に学ぶような数学(解析学の他にもいくつもジャンルがあります)からやり直さないとダメなのです。そして波動論やら多様体(≒テンソルやリーマン幾何学=非ユークリッド幾何学)などを習得しないと先に挙げた二冊を読み進めることはできません。地道な努力が必要です。空いた時間でやって行くしかありません。

物理学も哲学的な立場に依って進み方が異なる

物理学や自然科学は(広義に社会科学も含めて科学一般がそうですが、)経験論と唯物論を基底に展開されています。「観測し得ないものは存在しない」という命題はそれを如実に表します。存在と非存在、有(ウ)と無についての基本的なアプローチや捉え方に修正がくわえられないと、(なんとなくですがノウイングとして)重力や光速の問題は解決できない・克服・超越できないのではないか、と推理しています。物理学もまた核(=コア)となる立脚点や信念体系によってその発展の限界が規定されうる、と思うのです。ですので、個人的には、経験論や唯物論に陥ることなく宇宙を物理学的・数学的に理解していきたいと思います。


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